上善如水
『上善如水』という言葉をご存知でしょうか。有名な日本酒の名前でもあるので、言葉としては聞いたことがある方もいらっしゃると思います。とても深い含みのある良い言葉で、ぼくは座右の銘に掲げています。
今回は、この『上善如水』の意味と、座右の銘に掲げるほどの魅力をお伝えします。
『上善如水』
意味
「最上の善なるあり方は水のようなものだ」
一番良いのは、水みたいな姿でいることだよ、ということですね。
この『上善如水』には続きの句があります。
「水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る、故に道に近し」
(水はあらゆるものに恵みを与えながら、争うことがなく、誰もが嫌だと思う低いところに落ち着く。だから道に近い。)
人としてのあり方、人間力とは何か、そういった気づきをもらえます。
出典
二千数百年前に書かれたと言われています。
解釈と魅力
老子の言葉の解釈を通じて、人間力に溢れた「水のようにある人の魅力」を紐解きます。老子の句に無い独自の解釈も含みます。
あらゆるものに恵みを与える
言わずもがな、水は、生物が生きていく上で必要不可欠です。飲み水としても必要だし、人間にとっては料理をする際にも、農業や畜産や工業にも使われます。
つまり、「誰からも必要とされる存在」です。
争うことがない
水に立ち向かったところで、押し返しても来なければ、逃げもしません。しなやかに軽く受け流され、包み込まれます。「暖簾に腕押し」という言葉を「水に腕押し」に代えたって、良いと思いませんか?
つまり、「無用な争いを避ける存在」です。
低いところへ流れる
水は、高いところから低いところへ流れていきます。そこが綺麗だろうと汚かろうと、相対的に下の位置に行こうと、とにかく何よりも低いところへ向かいます。
つまり、「偉ぶることなく、驕ることなく、謙虚で低い姿勢でいる存在」です。
柔軟に変化する
水には、決まった形がありません。周囲の地形や環境に合わせて、形を変化させます。さらに、温度の変化によって、気体になったり、固体になったりもします。
つまり、「周りの環境に合わせて、柔軟に変化できる存在」です。
不確実な世の中にあって、柔軟に変化できる存在の大切さは、日に日に増してきています。
情景を写す
穏やかな水面は、情景を写す鏡になります。空や山や建物などの周囲の状況や、周辺の人、覗き込む人のありのままを写します。覗き込んだ人は、自分の姿を客観視して、自分では気づかないことを知ることができます。
つまり、「正しく現状を把握できる存在」「相手のありのままを受け止め、相手に気づきを与えられる存在」です。
「穏やかな水面は」と書いたことで、「"情景を写す魅力"を発揮するためには穏やかな状態を維持する必要がある」という気づきも得られました。
汚れを洗い流せる
何かを洗う、というとき真っ先に思い浮かぶのは、水です。水は、様々な汚れを洗い流せます。
つまり、「様々な『悪しきこと』を浄化できる存在」です。
惰性で変えられない悪習や、過去の悪い記憶、自分の中にある許せない衝動などを、水のような人に洗い流してもらってください。
炎を消すことも熱を伝えることもできる
水をかければ、炎は消えます。水を熱すれば、熱を保持して人々を温めることも出来ます。お風呂です。
つまり、「燃え上がった事態を収拾できる存在」「冷えた人々を温められる存在」です。
間違っても、情熱の炎を消さないように。
おわりに
「水みたいな人になりたい」
争わず、謙虚で、柔軟に、周りを把握し人々に気づきを与え、悪しきことは浄化し、事態を収拾し人々を温められる。
そういう人に、私はなりたい。
(雨ニモマケズ。そういえば、「雨」も水ですね。)
参考にしたリンク
老子が書いた「上善は水の若し」の真意 | NHKテキストビュー
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争うことがない
低いところへ流れる
(該当なし。謙虚さが足りない……)
柔軟に変化する
情景を写す
汚れを洗い流す
炎を消すことも熱を伝えることもできる